シュウ ウエムラについて | About Brand

beautiful make-up starts with beautiful skin 美しいメイクアップは美しい素肌からはじまる。

日本の美容界のパイオニアとして知られる伝説のメイクアップ アーティスト、植村 秀によって創業したブランド、シュウ ウエムラ。
アーティスティックな美学と高いプロ意識は、「美しいメイクアップは美しい素肌からはじまる。」というコンセプトをもとに、あらゆる美の創造へ向かってチャレンジしていきます。

シュウ ウエムラ ブランドが提案するバラエティ豊かな色彩と質感を使えば、誰もがアーティスト。“人”というキャンパスに、自由な発想でメイクアップを描くことができます。楽しみながら、創造しながら、シュウ ウエムラの世界であなただけの美しさと出会ってください。

植村 秀、その軌跡

biography

ハリウッドで、メイクアップアーティストとしてキャリアをスタート。

幼い頃から絵画、音楽など芸術方面の才能に秀でていたシュウ ウエムラが、「ビューティ(美容)」の世界へ進んだのは自然な流れでした。1950年代にハリウッドへ渡り、メイクアップ アーティストとしての活動をスタート。パラマウント映画社の“My geisha(マイゲイシャ)”に参加したのをきっかけに、シュウ ウエムラの名がクローズアップされました。主演女優シャーリー マクレーンを担当していたメイクアップ アーティストが病気で倒れ、シュウ ウエムラが代役を命じられたのです。アジア人の特徴をシャーリーの顔を生かして表現し、日本人の芸者顔をつくるという困難な仕事を見事にやり遂げ、その高いテクニックは、シャーリーをはじめ、全スタッフの賞賛を浴びました。以降数年にわたりシュウ ウエムラは、大スター、フランクシナトラ、俳優のエドワード G ロビンソン、他多くのハリウッド女優たちからメイクアップ アーティストとして指名を受け、様々な映画で活躍しました。

妥協なき、オイル洗顔へのこだわり。

ハリウッドの舞台裏で、シュウ ウエムラは現在のクレンジング オイルの原型となる「アンマスク」と出会います。当時日本では、オイルでメイクを落として洗顔する手法が受け入れられにくい時代でしたが、シュウ ウエムラは製品の改良を重ね、オイル洗顔の素晴らしさを訴え続けます。この熱意によって、ファッションやアート関係者を中心にオイル洗顔が次第に認知され、年々愛好者が増えていきました。ここに、シュウ ウエムラがクレンジング オイルの父と呼ばれる所以があります。

日本初のメイクアップアトリエ誕生。

1965年、シュウ ウエムラは、日本で初めて、ハリウッド式のメイクアップ アトリエを開設。そこには、トータルなメイクアップテクニックを普及させる目的だけでなく、メイクアップそのものを純粋に楽しんでほしいという意図が込められていました。後に、自分の目で見て、さわって、楽しみながら化粧品を選べるオープンテスター形式が、業界に新風を吹き込んだ「シュウ ウエムラ ビューティブティック」1号店が誕生。そのコンセプトは、このアトリエをヒントに生まれたものです。現在、表参道本店では、プロのテクニックを一般の方にも広く提供するメイクアップ スクール「ラーニング アトリエ」が開かれています。

業界に話題を振りまいた、売場づくり。

1983年、表参道に「シュウ ウエムラ ビューティブティック」1号店が オープン。店頭にずらりと並んだ彩り豊かなアイシャドーやリップスティック、ブラシ類は、多くの人の目を惹き付けました。画材店を思わせる革新的なレイアウト、商品を自由に試せるメイクアップ コーナーは、大きな話題を呼び、化粧品業界の売場革命と呼ばれるまでになりました。

メイクアップを芸術の領域へ高める。

シュウ ウエムラは、他の化粧品メーカーが実用的な"ファッション"としてのメイクアップを提案していた頃、いち早く"モード"に着目。1960年代から、モード メイクアップを発表し続けています。単なる流行にとどまらない、その独創的かつエキサイティングな作品は世界にも例がなく、芸術とメイクアップを融合した真の先駆者として、高い評価を受けています。

シュウ ウエムラを貫く、ポリシー。

他には真似のできない独創的なメイクアップや海洋深層水をはじめとした自然の英知を生かした革新的なスキンケア、そしてプロの厳しい要求に応える高品質のアクセサリー。シュウ ウエムラは、「自然、科学、アート」の融合をコンセプトに、シンプル&リッチな製品を作り続けています。欠点を隠すのではなく、長所を生かして、ひとりひとりの美しい個性を引き出すメイクアップと肌の声に応えるスキンケア。常識にとらわれない発想で、つねに時代の一歩先に立つ、シュウ ウエムラのポリシーを、あなたの肌で感じてください。

クレンジング オイル、革新の歴史

the evolution of cleansing oil

すべての道は「アンマスク」から始まった。
 シュウ ウエムラのクレンジング オイルの原点となった、「アンマスク」。それはメイクアップという仮面を脱ぎ捨て、美しい素肌に自信がもてるという意味。肌が自らおこなうことができない洗浄を担い、汚れやメイクアップを徹底的に洗い流すことで、洗顔するたびに美しくなれるクレンジング オイルは、発売から46年後の今も改良を重ねさらに進化し続ける。

1967 アンマスク 1978 JMクレンジング ビューティ オイル 1979 オブラン クレンジング オイル 1984 ビューティ クリニック クレンジング オイル 6.5 1988 ヒロ クレンジング オイル 1996 クレンジング ビューティ オイル バランサー / フレッシャー 2003 クレンジング ビューティ オイル プレミアム A/O 2005 ハイ パフォーマンス バランシング クレンジング オイル フレッシュ 2007 クレンジング ビューティ オイル プレミアム A/I 2008 WR EX プラス ブライトニング オイル 2012 アルティム8 スブリム ビューティ クレンジング オイル 2013 A/O ユースグロー クレンジング オイル フレッシュ シャインクリア クレンジング オイル

1988年入社。メイクアップの可能性を熱心に説く植村 秀への心酔を深めメイクアップ アーティストを目指す。植村 秀率いるアトリエチームに所属し、本人より直接メイクの指導を受ける。シュウウエムラの教育ポリシーでもある「守」、「破」、「離」の精神により、メイクアップ アーティストの「化粧道」のみならず人としての生き方も学ぶ。植村 秀の哲学、DNAを引き継ぐメイクアップ アーティストとして、製品やビジュアル開発に携わり、「アーティストの創造性は異文化、他流との交わりで創られる」という植村 秀の言葉通り、tsumori chisato,Rue Du Mailなどファッションウィークで数々のコレクションのメイクアップを手掛け、ELLEやVOGUEなどのインターナショナルな雑誌において、日本国内外で高い評価を受ける。その実力はカール ラガーフェルドにも認められコラボレーションビジュアルやキャンペーンの撮影に関わった。

映画や舞台、ミュージカルの特殊メイクアップ アーティストとしてキャリアをスタートした後、フリーランスのメイクアップ アーティストとして活躍。植村 秀にその技術を高くかわれ、1989年入社。美容学校や美容室を対象にメイクアップの技術を教える講師として活躍した後、アトリエに所属し、植村 秀より指導を受ける。「日本の庭園の美しさをひきたてる借景のように、メイクアップは顔を借りて内面の美しさをひきだすものだ」という浅野の深い美への哲学やクリエーションに対する妥協のない姿勢が高く評価され、日本国内外の雑誌、広告、数々のコレクション、製品企画などを手がけるほか、メイクアップコンテストの審査を務めるなど、植村 秀の意志を引継ぎ、後進の育成にも力を入れている。